超貧乏生活を送っていた私がパパ活で人生180度変わった話。パパには感謝の気持ちしかない

30代女性 看護師 パパ活体験談

パパに出会うまでの私は、絵に描いたような超貧乏生活を送っていました。

私が幼いころに両親は離婚し、私は母親に引き取られ、母は女手一つで私を育ててくれました。

母は私のために一生懸命働いてくれましたが、それでも母娘2人の生活は決して楽なものではなく、ときには明日のご飯に困ることもあったほどです。

母は元々あまり身体の丈夫な人ではなく、そのため思うように働きに出られない日も多く、そんな母の姿を幼いころから目にしていた私は、中学を卒業後すぐに働きはじめました。

そもそも、うちには高校に進学するお金もありませんでしたし。

私が18歳になるころには、母は床で過ごす日が多くなっていました。

その分、私が身を粉にしてお金を稼ぎました。稼いだといっても、母娘2人で食いつないでいくのがやっとの給料でしたけど。

私がパパに出会ったのは20歳の夏。

当時はまだ『パパ活』なんて言葉もなく、そもそもパパに援助してもらうという概念は存在しなかったので(私の中ではですが)、パパに助けてもらえるようになったのは、本当に偶然でした。

私の最初で最後のパパは、私のバイト先の居酒屋にたまたま来たとある会社の経営者で、優しい雰囲気のある初老の男性でした。

その日は確か真夏日で、飛ぶように生ビールが売れたのを覚えています。

私のパパはお酒にめっぽう強く、まるで水を飲むかのようにビールを胃に流し込んでいました。

パパは私と目が合うと照れたように顔をそむけるので、豪快な飲みっぷりとは裏腹に、シャイな性格なのかな、なんて思いました。

それから、パパは私のバイト先にちょくちょく顔を出してくれるようになりました。

パパは無口は人ですが、お客さんが少ないときはカウンター越しに私の話をよく聞いてくれました。

パパと何度も会って話しているうちに、いつのまにか私はパパになんでも話せるようになっていました。自分の生い立ち、諦めた夢、今後の悩み…それこそ私の人生のすべてをパパに打ち明けるようになっていたのです。

ある日、パパに食事に誘われました。

隠れ家的レストランという感じですかね? パパは私のことを気遣い、完全個室でカジュアルな様相でも恥をかかずに済むような場所を選んでくれたようです。

そこは、パパの行きつけらしく「知名度こそないが味はミシュラン3つ星にも引けはとらない」とパパは自慢げに紹介してくれました。

私の舌では、ミシュランなんて言われてもピンときませんが、とにかく美味しいかったのは印象に残っています。

食後のコーヒーを飲みながら、パパは今回食事に誘ってくれた理由を教えてくれました。

それは、私に対する支援のお気持ちでした。つまり、金銭的に助けてくれるというのです。

突然のことで私は混乱しました。

金銭的援助をしてくれるというのは、それはもちろん嬉しいことでしたが、それ以上に「なぜ?」という気持ちでした。

いくら私のバイト先の常連さんとはいえ、繋がりはそれだけですし、パパと私の間に血縁なんてもちろんありません。

パパが私を助ける理由がどこにも見つかりませんでした。

率直に「どうして私を?」という気持ちをパパに伝えると、パパの口からは意外な言葉が飛び出しました。

亡くなられたパパの奥さんに私がそっくりだからと言うのです。

パパは、今でこそ社会的に成功している方ですが、20代のころはそれは本当に貧乏生活を送っていたそうです。

友人の方と興した会社は事業に行き詰まり、自己破産寸前まで追い込まれていました。

その苦しいときに献身的に支えてくれたのが奥さんでした。

どんなに貧乏な生活でも一言も文句を言わずにパパを応援してくれたそうです。

パパはそんな奥さんを絶対にこれ以上苦労させたくない、という思いから一心不乱に仕事に打ち込み、見事会社を立て直したと言っていました。

しかし、パパと奥さんの幸せな生活は長くは続きませんでした。奥さんは43歳という若さでこの世を去りました。

パパはそれが自分のせいだと後悔しているそうです。
私が妻に苦労させたから、だから早く逝ってしまったんだと、悔やんでも悔やみきれないと言っていました。

パパの言葉からは、底知れぬ悲しみがひしひしと伝わってきて、私は言葉に詰まりました。

そんな私の様子を気遣ってかパパは無理矢理笑顔を作りながら「だから君をことを放っておけないんだ」と、私の夢を応援したいと言ってくれました。

私の夢は、正看護師になることです。

パパはバイト先で話したことを覚えてくれていました。

しかし、正看護師になるにはそもそも高卒でなければなりません。

中卒の私では、看護学校の入試すら受けられないのが実情です。

そこで、パパからこう提案されました。

  • 通信制高校、看護学校に関わる費用は全て援助してくれる
  • 学校に通っている間の生活費も全てパパが援助してくれる
  • その代わり月に一度、パパと一緒に食事をすること

青天の霹靂とは、まさにこのことを言うんでしょうね。

まさかこの世に本当に足長おじさんがいるとは思いませんでした(笑)

私がパパの提案を断る理由はどこにもありません。むしろ私からお願いしますと頭を下げました。

母にどう説明しようか迷いましたけどね。

ここから私とパパの関係は始まりました。

私は出来るだけパパに負担をかけたくなかったので、通信制には通わずに今のバイトを続けながら高卒認定を受けることにしました。そして、公立看護学校へ一般入試での合格を目指しました。

それから私は、死に物狂いで勉強し、高卒認定と看護学校の入試をなんとかクリア。

その後、パパに支えてもらいながら4年間学校に通い、無事に正看護師の資格を取ることができました。

現在は大学付属病院で、看護師として充実した毎日を過ごしています。

今でもパパは辛いとき苦しいときはいつでも頼ってきなさい。と会うたびに言ってくれますが、お気持ちだけいただいています。

あれだけの援助をしていただいて、これ以上何を望めますか。

その代わり、今でも月に一度は会って近況報告をしています。

パパには、ほんとうに感謝の気持ちしかありません。

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